
1,000万円を超えたとき、
正直に言うと「もう大丈夫かもしれない」と思っていました。
通帳の数字に、はじめて安心感を覚えた瞬間。
何かあってもすぐに生活が崩れることはない——そんな土台ができた気がしていました。
でも、現実は少し違っていました。
教育費、車検、家の修繕。
少し大きな出費が重なると、あっという間に残高は減っていく。
「1,000万円では、守りきれない」
それが、私の正直な実感でした。
2,000万円に到達したとき、見える景色は確かに変わりました。
数字としては“たった1,000万円の差”かもしれません。
でも、心の余裕はそれ以上に大きい。
日々の値動きに対する感じ方も、少し変わりました。
それでも——
最近のように株価が不安定になると、やっぱり気持ちは揺れます。
評価額が数十万円単位で動くと、どうしても目がいってしまう。
増えればうれしい。
減れば、少し落ち着かない。
これは、資産が増えても変わらない「人の感情」なのだと思います。
そして、2,000万円あっても——
それが“絶対的な安心”ではないことも、よくわかっています。
例えば、車を買えばどうでしょう。
数百万円の出費で、資産は一気に1,000万円台へ戻る。
数字だけを見れば、「減った」と感じてしまう。
でも、本当はそうではないはずです。
お金は、使うためにある。
そして、使った分だけ暮らしは豊かになっている。
それでも不安になるのは、
これまで積み上げてきた時間と努力を知っているから。
だからこそ、今はこう考えています。
「守る」だけではなく、「育てる」こと。
投資をしながら、お金に働いてもらう。
そして、自分たちはこれまで通り働き続ける。
会社員としての収入があるからこそ、
市場の上下に耐えることができる。
すぐに結果を求めるのではなく、
10年かけてじっくり増やしていく。
焦らず、でも止まらずに。
わが家の戦略は、とてもシンプルです。
夫はこれまで通り、しっかり働く。
私も働きながら、家計と投資を整える。
いわば——
「人力」と「資産運用」の二本立て。
少し言い方は悪いけれど、
お互いに“馬車馬のように働く”時期があってもいいと思っています。
その先にあるものが、はっきり見えているから。
目指しているのは、「完全なリタイア」ではありません。
お金に追われない状態。
そして、お金に振り回されない心。
配当や運用益といった“不労所得”が、
生活の一部を支えてくれる状態です。
全部を任せるのではなく、
少しずつ肩代わりしてもらうイメージ。
1,000万円では見えなかった景色。
2,000万円で、ようやく見えた余裕。
でも、それは「ゴール」ではありませんでした。
むしろ——
ここからが、本当のスタートだったのかもしれません。
お金を守るだけのステージから、
お金を育てるステージへ。
そしていつか、
「働かなくてもいい理由がある」状態へ。
今日もまた、相場は動いています。
上がったり、下がったりしながら、
少しずつ未来に近づいていると信じて。
